親孝行とは何なのか?30歳を超えて改めて親孝行の意味を考える!

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ぼくは人生ここまで生きてきた中で親や周りの人には迷惑の掛けっ放しで、いろいろと無理を言ってわがままを突き通して好き勝手生きてきた。

ただ、30歳を超えて社会人としての生活にも慣れてきたここ数年は、ふと立ち止まって自分の人生の振り返ってみたり、自分の周りの人の幸せなんかについても考える機会も増えた。ぼくの周りのにいてくれる人たちで一番近い存在が家族。ぼく自身はまだ結婚はしていないし、子供もいないので一番近いのは親や兄弟である。

親の幸せってなんなのか考えてみたときに、「親孝行」って言葉が頭には浮かんでくるけど、そもそも親孝行って何のことなのか……

今までもなんとなくプレゼントをあげたり感謝を伝えたりしてきたけど、なんとなくもっと深いところでやるべきことがある気もする……

いい機会なので、今回は親孝行についてちょっと深く考えてみました。

 

親孝行の意味

そもそも親孝行ってどんな意味なのか……

Google先生に「親孝行 意味」で尋ねてみると、

 

「子が親を敬い、親に尽くすこと。孝行」

Google検索「親孝行 意味」より

 

ってでてくる。

全然ピンとこない……

 

 

 

親孝行……

なんとなくパっと思いつくことを挙げてみれば、

 

  • プレゼントを贈る
  • 手紙や写真を贈る
  • 連絡をこまめにとる
  • たくさん会いに行く
  • 食事をする
  • 旅行に連れていく
  • 感謝を伝える

 

確かにこうしたことをやってあげるのも親にとっては嬉しいことかもしれないし、やれることはやっていこうと思う。

でも、冒頭でも言ったように何か違う……

違うんだよね。

 

 

 

自分が親になったときのことを考えてみる

じゃあ親孝行をするのには何がいいのか?

親を自分に置き換えて考えてみる。自分に子供ができて親になったときに子供に何をしてほしいか、どう在って欲しいか……

 

自分の子供には、元気で過ごしていて欲しいし、笑って生きていって欲しいし、自分の好きなことをして生きていって欲しい……

そしてなにより……

 

幸せになって欲しい!

 

特に金持ちになって欲しいとも思わないし、いい大学に行って欲しいとか、一流の企業に勤めて欲しいとも思わない。もちろん、本人がやりたいのであれば挑戦して欲しいし、達成したら思いっきり褒めてあげたいし、失敗しても、もちろん褒めてあげたい。

 

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孫の顔を見せるのは親孝行!?

今の年齢(31歳)になると子供がいる友人はかなり増えるし、家に遊びに行けば今までとは違った家族の在り方を見る機会も多い。そうした状況を見ていて感じるのは、

 

親に孫の顔を見せてあげることは無条件に親孝行になっている

 

ということ。

これは本当に肌で感じる。まさに「孫は目に入れても痛くない」状況を目の当たりにして思う。

 

自分も「将来的に子育てをしたい」という漠然とした気持ちはある。ただ、それに対して「結婚」というものは特に一緒にあるものじゃないと考えていた。単純に「子育てをする」ということを満たすのであれば、結婚する必要はないんじゃないかって……

 

 

幸せな家庭を築くことも親孝行にはなる

でも、やっぱりそういう家族としての在り方を目の前で見ると、単に孫の顔を見せるのではなくて、そうした自分の幸せな家庭を築いている状況が親にとっては幸せに感じられるときなんだなって思う。

結婚をしないで幸せに楽しく生きていくだけでも、親にとっては嬉しいことではあるはず。だけど、自分に子供ができたときに、その子供が結婚して幸せな家庭を築いてくれることを想像してみると嬉しくなる。

これってやっぱり親孝行になるんだなって。

 

 

自分の成長した姿を見せることが親孝行

「幸せな家庭を築く」ってことが親孝行になるって話をしてはきましたが、何も結婚が全てというわけではなくて、

結婚をすることだったり、自分の子供が生まれることだったり、目標の学校に入る、仕事で成功していく、何かに思いっきり打ち込んで自分を成長させる。

本当になんでもいい、

そういうひとつ一つのこと自体が親にとっての幸せなのではなくて、

そういうことを人生の中で積み重ねていく中で、成長していく自分の姿を見せてあげることが親孝行になるのだと思う。

 

何かをしてあげようと考えるのもいいことだけど、自分の成長する姿を見せてあげるだけでも、十分に親孝行にはなっているはず!

 

 

 

一番の親孝行は親より長く生きること

これって一見簡単そうでもあり、なかなか気づけないことだけど、ものすごく大切なこと。というか普段何気なく過ごしている現代の日常生活だって、油断をしていたらいつでも命を落としかねない状況にはある。

 

  • 通勤のときに事故に遭うかもしれない
  • 強盗に襲われるかもしれない
  • テロに遭うかもしれない
  • 旅行していて飛行機が故障するかもしれない

 

他にも挙げればキリがないけど、こんなこと何をやっていたって可能性は0じゃない。普通に生活をしているとわからないかもしれないけど、これはかなり重要。

 

 

 

ぼくがこのことに気づかされたのは、弟を失ったとき。

ぼくがこれを書いている現在(2016年7月)からおよそ2年半前に彼は20代で生涯に幕を閉じた。本当に急なことで正直ぼく自身には何も感情は湧いてこなかった……

というか、実感はなかった。

もう動くことのない彼と対面しても、不思議と悲しみの感情は湧いてこない……

 

 

 

ただ、彼がいなくなったことに対して、母が号泣し、悲しむ姿を見たときに、

「もう彼女にこんな思いはさせまい」と強く思ったし、まさに「命がけで命を終える順番は守らないといけない」とぼくは心に誓った。

 

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あとがき

改めてこの歳になって「親孝行」について考えてみたけど、こういうことって言葉にするのも難しいし、自分の考えたことをしてあげたからといって、それが2人にとって正解なのかはわからない。

ただ、やっぱり相手のことを考えて、こうしてあげたいって思って行動するのは大切であって、自分にとって生涯をかけて2人にしてあげたいと思うことは、

 

  • 親よりも長く生きる
  • 思い切り生きて成長していく様を見せる

 

こと。

この2つだけは自分が生きていく中での最大のテーマとして、生涯を通じて2人の親に贈る。

そして、それをやり遂げたときに自分の命を通じてぼくにそれを教えてくれた弟に報告したい。

「2人で親孝行できたなっ!」って。

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